富野道
 
インタビュー構成:氷川竜介 収録日2001.10.22
──いよいよ来春、『∀ガンダム』が劇場映画として公開されるわけですが、∀も遠未来のアメリカを舞台にしているということで、まず「∀とアメリカ」みたいなキーワードを出発点にお話をうかがえますか?
富野 今回の同時多発テロの事件がものすごく明解に事態をあぶり出している、と思いますね。アメリカに代表される消費文化と、あらゆる教義が持っている原理主義とのぶつかり合いが、これ以後数百年続くだろうって図式しかないでしょう。これは単なるイスラム圏の問題じゃないんですよ。原理主義がありながら、消費を知ってしまった人たちの汚職、腐敗ってのが凄いらしい……つまり、19世紀までの民族勢力圏という一種のハードウェアから脱却できない人たちの信条に対して、具体的な消費文明は過剰なまでに進んでいて、この両方を調整する手段は、いまの人間の知恵とか情念では生み出せていないんじゃないのか、ってことまで判ってきました。

 ここでいきなり話は『∀ガンダム』につながるんだけど、∀という意味があぶり出されている。ああいう風につくっておいて良かったと思います。∀という文字は、いままでの延長線の上に解決策はないんだよ、って意味ですから、それが今回の事件でより明確になってきましたね。

 だから、これはアメリカの問題だけではないって思う一方で、「アメリカは素晴らしい国なんだ」と、思う部分もあります。アメリカは、新大陸、"United States"という呼び方が象徴しているように、「多様なものをひとつにする」って言葉が国是となった国造りをやった国家なんです。そこで言う多様性とは、いま問題になっているような人種や宗教の問題をいっしょに統合して建国ができないかという発想のことで、その400年前の理性は素晴らしいものだったと思います。

 中世までは、国家とは単一民族で構成されているか、いくつかの民族が合意の上でできた共和制のようなものしかなかったと言って良いでしょう。そういう苦難の歴史を持つ旧大陸からつまはじきにされていった人々が、"United States"という国づくりを行った。そういうことで言えば、旧大陸的な部分──それは、ヨーロッパだけではなくてアフリカ、中東、アジアを含めてのことですが、旧体制に対するアメリカの位置づけというのは確かにありますね。だから、最終的にはアメリカ対原理主義って言い方をして良いと思います。

 それで、一番根の深い問題というのは、宗教的な観念にしばられた原理主義というものにのっとって現在の過激派も支持されているんだけれども、今回の資金援助は、原理主義者が自由主義経済で儲けた金が流れているんでしょ? もっと端的に言うと、彼らの武器弾薬がイスラムが開発したものがあるかっていうと、どこにもない、という問題を原理主義者は考えなければいけないし、彼らを助けてしまっている自由経済体制の問題を考えなければならないのです。

──テロリスト側は、トレードセンター崩壊の瞬間の株の売り抜けで儲けた、という説があるくらいですからね。
富野 あり得ることですよね。結局、全面的にいまのシステムの問題が問われているということです。実はこのシステムは、基本的に「ソフトウェア」なんです。ところが旧来の軍事行動は、軍隊同士または国家同士で行われてきました。主義の戦いだとしても、どうもイデオロギーというものですら「ハードウェア」だったらしいんです。軍隊や国家、主義といったハードウェア同士でやってたからこそ、戦場は限定されていたわけです。たとえば日本の特攻隊って、今回の事件まではとんでもないことだと言われていたんですが、基本的には戦場から一歩も出ていないんですよね。特攻隊ですら、ハードウェア的な戦いに縛られてきたわけです。今回のテロは、市民を巻き込み、しかもターゲットがワールド・トレード・センターみたいなシステムの中枢だったということは、ついにテロのアクションがソフトウェアをターゲットとしてきたことを意味します。なのに、人類はそのソフトウェアに関する戦術論をいまだに持っていない。だから、これの解決はとても難しい。今回の事件でこういうことが、ぱぱぱっと言えるようになっちゃったんですよね。

 ∀の企画を立ち上げるとき、ともかく現在われわれの抱えているこの種の問題は、どうやらそう簡単には解決がつきそうになくて、どの部分を突っ込んでテーマにしていっても、鬱屈したものしかつくれないように思ったところがありました。だから、完全に時代を切り換えたところで、もう一度始めて社会の仕組を考えたかったんです。そのとき、物語というものは、基本的にハードウェアをベースにしていきながら実はソフトウェア──つまりコンセプトってものを掲げているものだ、ということに改めて気づかされました。だからこそ、「∀」という、まさにAをひっくり返してもう一度最初から始めよう、という言葉を考えたのが出発点になったのです。なので、『∀ガンダム』という作品がむしろこのタイミングで来春に公開されるのはとってもいいことだ、ってところまで話が行っちゃうのです。これ以上なにも付け加える必要がないくらい原理原則に立ち返っている作品なのです。

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このコラムは劇場版∀ガンダムwebに掲載されたものです。


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