富野道
 
インタビュー構成:氷川竜介 収録日2002.1.31
──コミュニティということでは、子どもや若い人が早く大人になろうと急ぎ過ぎていないかと、気になることがあります。それについて何かご意見がありますか。
富野 子どもというものは子どもだと思われたくない、そういう大人志向、早熟志向があります。僕自身もそうでしたし、これは昔からあると思っていますから、それ自体は心配ないでしょう。問題は、現在の大人がつくった環境にあると思っています。大人たちは、アイデンティティという難しい言葉を使うくせに、その大人が本当の意味では自立をしていないし、自信を持ってもいません……そのような大人が情報を垂れ流しにしてるだけの環境で子どもが育っているということが問題なのです。テレビを見ていても、子どもは聞こえてくる言葉の中からそういう大人の傾向を自分で拾い出して、目ざとく見つけるのです。

 大人になるためには俗に通過儀礼といわれる障害をいくつか乗り越えなければいけません。今の大人がいけないのは、そういうことを教えなさすぎていることです。それどころか、そういった障害自体を子どもたちの生活環境の中から少なくしようとさえしています。たとえば学校の指導要綱をこの春からレベルをまた低くする、こんなことがまかり通っています。われわれの社会はこの数年そういったことをやりすぎて、もしかしたら子どもたちに「もっと早く大人になれる」と錯誤をさせているのかもしれません。しかし、大人になるときに本当に突き当たるべきものをいっしょに経験させていなと成人してから間違うんです。これは急いで改善しなければいけないことです。

──確かに円周率が3に規定されたりすると、「世の中には割り切れない数字がある」という概念を教えること自体がなくなって良いのかと不安に思いますね。
富野 それも大人が自信がなさすぎるばかりに、いろんなことがぶれて困っていることに現れているように見えます。戦後半世紀たって価値観を見直さなければいけないのはわかりますが、アイデンティティを確立していたものまでかなぐり捨てている無定見な30代、40代が大勢いるんじゃないでしょうか。自分たち固有のものを獲得するためなら多少は保守的であっても良い部分まで揺らがせているということは、知的レベルが軟弱化した結果です。この揺り戻しをするということを、いま考えなければいけないと思います。

 21世紀を生き延びていこうと思ったときには、しかるべき子どもの環境は考えなければならないでしょう。かつてほど環境は良くはないからです。昔は赤痢や疫痢がはやっていても、川に遊びに行ってしまうタフさを持ったのが子どもでした。そんな耐性を持たせ得る環境がないわけだから、かなり意図的に肉体も精神も解放していく子ども時代を与えなければいけないということです。今の世の中の環境は、大人が生き延びていくつごうで経済力を高めようと環境改善したものですから、それでは子どもをタフにしていくものではなく、軟弱にしていく環境なのだということです。

 子どもたちをタフに闊達に大きく育てていくための環境整備は、とても難しいところに来ていますが、子どもを鍛え直していく環境をつくることは、われわれ大人の義務です。

──子どものことも、子どもの側だけを見て考えても仕方がないということですね。
富野 「∀」のように元にもう一度戻って考えるということは、今われわれが常識のように押しつけられていることすべてについて、これを一回まやかしと思って考え直していけば、正していく方法を見つけられると思います。それがこれから20年、30年の当面の課題だと思います。

 たとえば新聞でも人口減少が危機感をともなった論調で語られていますが、そんな常識はおかしいと思います。日本の人口が2千万人まで下がることを、なぜ恐怖に感じなければいけないのでしょうか。それは、明治維新のときの日本の人口ですよ。人口が減ると、日本の国家や文化が危ういという言い方が正しいとすれば、江戸時代までの日本はなかったことになります。この程度で日本の国が消失するということは、一切ありません。こんな風に、われわれはいろんなことを狂わせ考えているのかもしれないのです。

──最後にまとめになるようなこと、読者の皆さんへのメッセージになることがあれば、お願いできますか。
富野 これまでお話してきたことは、『∀ガンダム』と直接関係ないと思われる方がいらっしゃるかもしれません。ですが、物語というのは世の中にあるいろんなことを寓意にして含め得るものだということは、ぜひ知っておいて欲しいのです。実際に『∀ガンダム』では、例えば民族問題などもムーンレィスという架空の民族を設定することで、物語として扱う中で考えることを実行しています。他にも本当にいろんなものを作品の中に封じ込めることができたと思っています。

 シド・ミードさんのメカデザインにしても賛否両論あったということは、固定観念があったガンダムのデザインをブレさせたことでネクストに結びつけることができたと思っていますし、安田さんのキャラクターもガンダムの系列に異質なものを持ち込めたと思っています。そしてそうしたからには、異質なものを放り出すようなことはするまいと、僕は覚悟をもって作品をつくりました。それはぼくの言葉で言えば「異種格闘戦」をやることでした。

 そのように、寓意ともに異質なものをいっぱい取り込んでまとめ、出来上がった作品は、それはとても面白いものになります。そんな作業を、皆さんも仕事や勉強の中でおっくうがらずにやっていって欲しいし、そのような手法を逆にこちらにも見せていっていただきたいと思います。

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このコラムは劇場版∀ガンダムwebに掲載されたものです。


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