富野道
インタビュー構成:氷川竜介 収録日2002.1.31
──予定調和でなく、いろんな人の持ち味を作品に取り込んで行く上でも、スタジオワークが有効だということでしょうか。

スタジオの打合せ風景
富野 その通りです。スタジオはただの作業現場だと思われがちですが、僕自身『ブレンパワード』のときからかなり意識してやったことがあります。スタジオに対して自分の身体を前に向けてやるという態度を見せるのです。これをやるとやらないとでは、作品の仕上がりが違って来ます。それは、∀をつくることを通じて間違いないとわかりました。身体を前に向けるにしても、スタジオにいる人間を見下して、「俺がこうコンテを切ったから、この通りやれ!」ということではいけないと思います。また、スタジオの中ではうかつに小説は書けません。そうするとスタジオに対して背中を向けることになって、それを見せられた方は「俺たちはこっち側にいて、やらされている」と思い始めます。そうすると、必ず作品が破綻します。スタジオは、そういう人の肌と肌の関係性を作品につなげていくためのものなのです。

──インターネット時代になって、何でも自宅作業できるのではないか、などと言われていることの落とし穴が、そういう部分にありそうですね。
富野 僕自身、勢いがあった頃は効率論だけで行っていた時期もありますので、その考え方もわかります。ところが、50歳を過ぎたころ、それはまちがいだと身に染みてわかりました。どこの会社でも、たとえば社長が「俺がやってるんだぞ!」とバカになって何かをやってみせたり、あるいは毎日ケンカをしている相手を持つことで出来るフィールドというものが、確実にあります。それがある日突然、ぱっと無くなったら、どこにいて良いのかわからなくなって足下がグラついてしまうものなのです。いわゆるヒューマン・コミュニティ、要するに共同体とはこういうものだと思います。

──人と人が接触することが、どんな形であれ大事ということですね。
富野 そうです。インターネット通信にしたところで、人と人とのコミュニティの合意が前提になかったらまったく無意味です。データ自体にはもともとそういう人肌を感じさせる属性はありませんから、データだけの累積では絶対にものはつくれません。そして、仕事の現場づくり以前に、人が「暮らしをたてる」ということも、この人肌がつくるコミュニティの積み重ねだと思います。ファースト・ガンダムでも「お肌とお肌の触れ合い」(宇宙空間でヘルメット同士をくっつけて振動で会話すること)ということやりましたが、レトリックでしかありませんでした。作品中での問題としてしか扱えなかったことが、深い反省として残ります。こんな風に、人肌の大事さを伝えたいと思っている自分が、あるときデータ論に陥ったりします。「こういう風にブレなさい」と言うこと自体がすでにデータ論で、ブレる以前に「あたし飛び込まなければわかりません」と言う人間が、スタジオにいっぱいいたんです。

──デジタル全盛の今だからこそ、そういったことが身に染みますね。
富野 なぜ人間がホームシックにかかるかというと、それはホーム、つまりここで言うコミュニティにいるという感覚を必ず皮膚のどこかに貼りつけているからです。それがはぎ取られて、例えば単身赴任で「お金もうけして帰ってくればいいじゃないの」などと言われたときには、帰って行ける場所を失うと思います。そうなれば、人間はキレるか鬱病になるか、いずれにしても極端に走るようなのです。

──なるほど。様々な問題の背景にも、人肌とコミュニティが重要な役割を演じているわけですね。
富野 芝居や映画を観ても、現実の世界でも、最近気になることがあります。お金持ちの家に生まれながらも、過激派のような行動に出てしまう例がたくさんあるのです。かつての学生運動もそうですし、明治維新のときの焼き討ち事件や、昨年9月の自爆テロ事件もそうです。反逆者は、必ずしも虐げられた者ではないのです。この半年ぐらいそれがなぜなのかずっと考えて、やっとわかってきました。きっと彼らはそれほどいじめられることもなく、可愛がられて育ってきたのでしょう。それがなぜ過激な行為に出るかというと、どうも新しい認識論のようなものを知って知恵がつくと、嬉しくて仕方がなくて、はしゃいでその新しい知恵を振り回したのではないかと思うのです。

 常識が大きく身についた上での知恵だったらそんなことにもならないでしょうが、知恵という一見良さそうなものにも、こんな怖い面があると思うのです。その常識も、人肌を原則としたコミュニティからしか生まれません。∀をつくるときにも、こういうことに留意して人と人の関係を描いたつもりです。

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このコラムは劇場版∀ガンダムwebに掲載されたものです。


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