インタビュー構成:氷川竜介 収録日2001.12.19 |
──『∀ガンダム』に登場するキャラクターは、若者から初老までかなり年齢の幅がありますよね。 |
富野 今までのロボットものでも、ヒーローが恋愛して結婚する話は当然ありました。ですが、∀ではキース・ファミリーに代表されるように、結婚して子どもができて、お婆ちゃんもそばにいる、という描写にまで踏み込んでいます。恋愛というそれだけを切り取るのではなく、世の中には様々な人がいて、戦争の中で死ぬ人もいて、産まれてくる子どももいる。そういう大きな社会が浮かび上がってくる物語にしたかったからです。
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──意識してそう描かれたということですか。 |
富野 そうです。中学生にでもなれば、誰でも思う疑問があるわけです。「どうして自分は生まれてきたのだろうか」「どうして自分は生き続けるのだろうか」
その回答をずっと探していたでしょう。でも、生きていることの疑問への回答なんて、どこにもありません。そうなると、未来や将来に対して夢が見えなくなって、自殺したり、人を殺すという事故も起きます。ぼく自身も、それは判るんです。死にたいときもあったし、殺してみたくなって人にナイフを突きつけたこともありますから。
ですが、60まで生かされた立場からすると、やらなくて良かったと思います。生きていたら、つらいと思えることと同時に、良かったと思えることが、必ずあるからですし、いろいろなことがあって人生だと思えるようになりました。
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──たとえば、それはどういうことでしょうか? |
富野 寒い日がずっと一週間続いたとしますよね。嫌だな、と思いながらふと外に出てみたら、とても暖かくて気持ち良かった、なんてことを感じたりしませんか? 素直にそう思えるのは、生きていて健康だからです。病気だったら、明るい日差しも神経をイライラさせます。この気持ち良さを体感するだけでも、ぼくは生きている意味はあると思っています。
われわれ人間は動物です。であれば、生きていることは動くことです。動くことをやめて頭だけで考え始めたときに、非常に悪いところに入って、病気になるかもしれないんです。ものを考えるのは一見良いことに思えるんだけど、半分くらいは危険なことかもしれないんですよね。
年齢を重ねれば、それだけ気持ちの良さが広がることも知っておいて欲しいことです。みなさんも、赤ちゃんのお母さんのおっぱいにすがった気持ち良さから出発して、家の中で居場所を見つける気持ち良さ、友だちを見つける気持ち良さ、ものを知っていく気持ち良さ、人の優しさに気がついていく気持ち良さ、年齢相応に新しい気持ち良さを見つけていったはずです。これを子どもが順々に知っていけるようにしていかないと病気になる、そんな風にも思っています。であれば、まずは生き続けていって、その年齢でできることを最大限やって、気持ち良いことを大事にしながら、新たに発見し続けていくことこそが、人間にとっての義務、使命なのではないでしょうか。
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──その「気持ち良さ」の追求は、一番根本的なことのように思えますね。 |
富野 社会も、みんなが気持ち良くなるために作っていったものですよね。日本も1億人以上の人間が暮らせるシステムをつくったわけだから、もう少しみんなが気持ち良くなれるようにしていくだけでも、生きている意味や意義が見つかるはずです。
いま時点での社会環境がいびつなのは、中途半端に頭のいい人たちが自分たちに合わせてシステムをつくっているからなんです。大多数の必ずしも頭の良くない人が暮らせればちょうどいい、という社会になっていないんです。そして、利口な人が幸せな人生をおくっているかというと、結局は満たされていないという気持ちの悪さが増えているだけに見えます。そのために、変なことがいっぱい起こっていると思います。
たとえば、携帯電話で連絡してわかったような気分になっていても、本当のコミュニケーションが取れていなかった、直に話をしないと相手の気分が判らなかったなんてことを、みなさんは日常的に経験しているはずです。その携帯電話が犯罪的な行為に使われたとき、頭が良いはずの作っている人が必ず言うのは、「まさかそんな風に使われるなんて、思ってもみませんでした」ということで、それは技術者として無責任かもしれませんし、その技術のおいしいところだけを使って商売をする人たちはもっと悪い人たちかもしれないんです。
都合のいいことも不都合なことも組合わさってできているのが、いまの社会なんです。だったら、頭の良い人のやっていることが、どれくらい気持ちの良さにつながっているのか、怪しいと思わなければならないんです。
人間は利口でもないし、それほど器用でもないでしょう。だけど、人間が気持ち良くなるために社会をつくっているんだとしたら、もっと気持ち良くしていくために動くことはできますよね。今回の∀の映画で一番言いたかったのは、そういうことです。
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このコラムは劇場版∀ガンダムwebに掲載されたものです。 |