富野道
インタビュー構成:氷川竜介 収録日2001.12.19
──ミハエル大佐の件は、TV版の樽の話(第36話「ミリシャ宇宙決戦」)のラストで地球に置いてきた家族の写真を見つめたりすることだと思いますが、それと富野監督の恋愛観との関係について、もっと詳しく聞かせてください。
富野 いまの風潮で、性愛と恋愛の話を切り離して、「好きだ嫌いだ」とか「気分が合う合わない」とか、そんな恋愛話をし過ぎているから、わかりにくいのかもしれませんね。

 僕の少し上の世代では、男が出征で戦争に取られたがために、初夜が今夜しかなかったり、結婚生活が三ヶ月や半年で夫が亡くなった例がたくさんありました。でもその後も、再婚しない女性がいっぱいいたんです。そんな戦争未亡人の発言を意識して聞き始めたとき、死んだ男の女房だったことを心の底から誉れに思っていることがわかりました。それは運命論や精神的なプライドだけではなく、性愛関係が良かったからということが匂うんです。

 男が明日死ぬかもしれない状態で持つ肉体関係は、いつでもいいだろうというものとは違うんです。世の中にはそういった精神性と一体になった快感の高みのある、「良いセックス」と、とりあえずの悪いセックスがあるんだということを、特に若い人には知っておいて欲しいんです。

──出征のことは、現在だとなかなか想像がつきにくいことかもしれませんが……。
富野 単身赴任、海外出向、遠洋航海の場合も、ミハエル大佐のように仕事のため家族と長期離れたケースでも同じです。これも実は原理原則の問題なんです。

 「性」と「死」は対局のように言われてますが、性行為で次の世代をつくっていくのは、死を想定しているからです。だからといって、つまらない、気持ち悪いかというと、それは違います。死を想定しているからこそ、いま生きている自分と相手という関係、まさにこの瞬間の性愛行為のために、神様が至高の快感をシステムとして用意してくれた……そういうことなんです。

 もともと男と女は、性に関してボルテージが違う生き物です。だけど、本当に好きな相手、心を許した相手と両方で、そのボルテージが合致したときには、こういう本当の快感が生まれるんだと思います。その快感が本当に実感できる関係を持ったら、たとえ相手が離れていても、死んだとしても、それほどその人は狂うものではないでしょう。

 どうせなら、女性に対して、そういう名誉も快感も含めた素晴らしいものを与えてあげられる性愛関係を持って欲しいですね。事実、そういう関係はあったんですから。

 だから「恋愛」を考えたとき、結婚していっしょに暮らして時間をかけて共同生活者としての異性と本当の性愛関係をつくっていくことなのか、快感だけを切り離して一晩だけの性愛を楽しむ関係を持つのか、その区分けはきちっとして欲しいのです。これをごっちゃにして理解している人が多いから、僕は「恋愛」という言葉が大嫌いなんです。

──なるほど、だいぶわかってきました。
富野 ロランにしても、主人と運転手という関係があるから、折り目正しくしているわけでは決してないんですよ。今日言ったような、ふっくらとした人間関係と男女観があるから、彼はのぞき見なんて絶対にしないし、しなくてすむんです。

 これ以後の時代で重要なのは、こんな風に暮らしをふくよかに、たっぷりする手段を手に入れようと意識しなければならない、ということです。それには、衣食住、性愛、人間の基本的な営みすべてに言えることです。

 『∀ガンダム』では、時代環境を産業革命ぐらいの時代に地球を設定することで、SFでありがちな「恣意的につくっていく社会構造」をルーズにすることができて、作品的に成功しているという自負があります。今回の映画に関しても、人の動きが狭いところには落ちていなくて、いつもゆったりと風が吹いているようなところがありますよね。そこに注目して見て欲しいのです。

 こういう作品がとても気持ち良く感じられたら、見てくださった方々自身が、自分たちが生きていく上でのガイドラインにしていただけたら、と思います。少なくとも、こういう風に考えて映画をつくった先輩がいたということは、50年後の暮らしを考える上で知っておいて無駄ではないでしょう。

 こういった原理原則がわからないくせに、現在の社会システムを握っている中途半端に頭がいい人に言いたいのは、その程度だと20世紀までのミスをまた犯すぞ、ということに尽きます。そのミスを繰り返さないようにするためにも、こういったふくよかな物語空間を新しい社会の規範として、手に入れる努力をしていって欲しい、というのが制作者側のお願いです。

──完成直前のお忙しいところ、どうもありがとうございました。


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このコラムは劇場版∀ガンダムwebに掲載されたものです。


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