富野道
インタビュー構成:氷川竜介 収録日2002.1.31
──いよいよ2月9日の公開直前ですね。劇場に来られる方へのメッセージはありますか?
富野 とにかくご覧になってください、ということでしかありません。こういうことを言いたいという部分は、それを表現したくて映画にしたわけですし、今さらあえて言うことはないです。テレビ版を1年分まとめて観るのは難しいというのが普通の人の感覚ですから、一般の観客が我慢できる時間の2本の映画にするという、ただそれだけを思ってこの2年間、映画の作業をしてきました。

──「映画」にすることに関する監督の思いはどんなものがあったでしょうか。
富野 それは、妙に上等な映画にしようとせずに、バカはバカなりにがんばりました、ということに尽きます。どういうことかというと、かつて「映画産業」という言葉のあった時期がありました。映画会社が巨大な富を生み、求人広告を出せば、それこそ東大や京大からも人が集まるという飛ぶ鳥を落とす時代があったんです。だけど邦画は衰退してしまったし、ハリウッドでも1部のメジャー作品しか商売にならないような状況があるわけです。これはそういう時代だったものを、当時の映画人があまりにも小利口にやりすぎたのか、映画をナメきっていたのか……僕に言わせると両方なんですが、そのような時代には戻りたくないのです。

 そうであれば、僕だけでなくプロデューサーもアニメーター、彩色にいたるスタッフたちも、バカはバカなりにがんばって見せるしかない、ということで、『∀』はそういうことを意識してやった映画なのです。

──文字面だけで「バカ」という言葉を追うと誤解があると思うので、もう少し掘り下げて説明をいただけますか。
富野 今回映画にさせていただけたのも本当にありがたいお話で、それについても「バカだからこういう企画があるんですよ」という言い方ができるんです。確かに僕はロボットアニメの仕事しかさせてもらえませんでした。ですが、それが嫌なことだったかというと、決してそうではありません。開き直りに聞こえるかもしれませんが、ロボットものにこだわってきたおかげで、むしろ自分の好きなものに溺れたマスターベーションになるようなものを創らず、映画を勉強させてもらって良かったなという実感があるんです。

「妙に上等」というのは、30年来の古い方をすると「しょせん体制に迎合したインテリのやっていること」と評されるような映画のことです。もっと現実的な例を挙げると、最近の政治家がやっているドタバタ劇があります。彼ら政治家は、どう考えてもわれわれ愚民ではありません。でも、とりあえずの処世術や、何か高尚そうな意見を考えているように見せる認識論で、小利口そうに事態を片付けようとしています。あんなことが「上等なこと」だというなら、腹の底から「私たちバカです、だけどがんばって見せますよ」と言ってことを処した方が、よほど気持ちがいいですよね。普通の人はみんなそうやって暮らしを立てているのです。

 そこに着地する必要があるということも、信じられないかもしれませんが、ロボットアニメの『∀ガンダム』ではテーマにしたんです。まずそれを信じて観に来てください。

──ガンダムファンに対するメッセージはありますか?
富野 ガンダムという名前がついてるから、ガンダムらしき戦闘ものをやってはいるんです。ロボットアニメとしてね。特に『月光蝶』はそうなっていると思います。ただ申し訳ないけれども、20年前と同じガンダムはやっていないよ、とも言わせてください。そして、あなたが20年前に中学生や高校生でガンダムファンになって、いま大人になって35歳ぐらいになられた方だとしたら、その大人の認識論にも充分たちうちできるものは盛り込んでありますということです。そんなのできるわけないじゃないか、と思われたらぜひ観てください。できるぞって、自信がありますから。

──今回の映画化に対する手応えはどうでしょうか?
富野 『地獄の黙示録(完全版)』と肩を並べたという自負はありますね(大爆笑)。それは僕がやったということではなく、音楽の菅野よう子さんを筆頭に、スタッフみんなに「映画をやり遂げた」というプライドと自信を持っていただけたから、そう言えるのです。∀だからと手を貸してくれたアニメーターの方々や、映画のための音を仕込んでくれた音響効果の笠松広司さん、録音監督の鶴岡陽太さん以下の音響スタッフにも感謝しています。そして役者さんたちの演技もTV版よりはるかによくなっていますし、間が3カ月ぐらいしかなくとも『地球光』での結果をきちんと受けて、エクササイズをやった上での『月光蝶』の演技になっていますので、それも聴き処でしょう。

 みんなが映画としてのバリューを高めるということに貢献してくれて、いち監督作品でもなければ、動けば面白いというレベルでもない、まさに映画という本来的な「総合芸術」にできたと思います。だからぜひ劇場に来てください。ご損はさせません。

INDEXPREVNEXT
このコラムは劇場版∀ガンダムwebに掲載されたものです。


© SOTSU・SUNRISE
注意:内容および画像の転載はお断りいたします。お問い合せ先はこちらをご覧ください。