富野道
インタビュー構成:氷川竜介 収録日2002.1.31
──「映画学校の卒業証書」のお話をもう少しお聞きしたいのですが、自動車学校に例えれば、卒業して免許が取れたから公道をもっと走ってみたいという感じでしょうか。

2月26日に行われた打ち上げパーティで声優陣に感謝状を贈る富野監督。監督にはスタッフ一同から"卒業証書"が贈られた。
富野 その通りです。たとえば今、いろんな映画がDVDになっていますが、3分の2ぐらいは、とりあえず教習所で免許を取ったというレベルだと感じるようになりました。最近では、シネスコになった時代(*1)の映画をよく観るのですが、たまたま観客動員してしまった映画の方が多いと思っています。先日も『シバの女王』('59年:米国)という超大作映画を観ましたが、つまらなかったです。当時は映画が大型化した勢いで大作がたくさん作られ、横長の画面の隅々までエキストラが画面を埋めつくしているのを見ると、僕たちもなんとなく映画を観た気分になっていました。だけど改めて40年後に観ると映画としてはかなりつらくて、モノクロ時代のスタンダード画面の作品の方が良いものがあると思えてきました。もちろんその時代なりの良い映画もたくさんありますので、誤解はしないで欲しいのですが、映画に興味を持たれるのであれば、こういう見方もぜひしてみてください。たくさん観ていただければ、ここで申し上げている卒業証書のこともよく意味がわかってくると思います。

──最近の例だと、どういう作品になりますか。
富野 時流にのって当たった映画で、わかりやすいタイトルを挙げると『マトリックス』がそうです。あれは上等な映画ではないでしょう。それがいけないと言っているわけではありません。映画というものは、ああいうものだと認めてもいますし、僕にとってもかなり好きな映画です。でも、だからといって全部認めるというバカなことを言ってはいけないということです。

──娯楽否定ではないということですね。
富野 興業成績のことを考えると、必ずしも上等な映画を作る必要はありません。しかし、興業論だけで良いかと言えば、それはご商売を考えられる方や、若さだけでやっていられる作り手にお任せしたいと思います。映画学校を卒業したぞという自覚があると、興業も上等さも、両方それなりに兼ね備えてつくってみたいと思うようになるんです。それは、本当に難しいのですが、その難しいところに映画の本当の面白さがある、それがみんなに伝わるような映像作品をつくってみたいということです。

──具体的に目標とされている作品は、最近よくおっしゃる『地獄の黙示録(特別完全版)』でしょうか。
富野 ここで申し上げたような、わかってきちんとつくるというやり方を実行された映画監督は、そんなに多いとは思えません。『地獄の黙示録(特別完全版)』にしても、コッポラ監督が最初に公開されてからもう1度自分のフィルムを編集するとき、20数年間苦労してきて得られた警戒感みたいなものが感じられました。そういうところをぜひ見習っていきたいと思うのです。

──フィルムは同じでも、違った部分があるということですか。
富野 違いがあるどころではありません。映画として根本からまったく違います。前のバージョンは今のものとは比べようのない駄作です。評論家と呼ばれる方の中には、テーマもストーリーも全く同じとおっしゃる方もいらっしゃるのですが、それはうかつな感想だと思います。僕ははっきり別物だと断言できます。見え方にしてももとらえ方にしてもも、伝わり方がまったく違うからです。前のバージョンは、製作費を回収するために戦争映画にしようと考えていたという邪心があって、全体にすわりが悪い作品ですが、今回のものは話の中にすっと入りこめて、3時間23分の映画が長く感じられませんでした。過去のものは目が汚れていた、今回は目が洗われたと思えるほど鮮やかな新作映画です。僕の中では『2001年宇宙の旅』を越えたかもしれません。それぐらい名作です。

──そんなに高いレベルなのですか……。一般には、未公開映像を差し込んだぐらいの違いだと思われているでしょうね。
富野 確かに、違いは非常にわかりにくいとは思います。でも、映画としてはまったく似て非なるものです。その違いを混同して欲しくないのです。映画に興味のある方にはぜひ違いを比べていただきたいと思います。コッポラ監督には、ここで話をしていることはきっとわかるでしょう。映画学校を卒業するということはそういうことなんです。そして、だからこそ映画は面白いんです。
(*1)シネスコ:<シネマスコープ>の略でワイドスクリーンの一種。横幅を約2倍に拡大したもので、現在主流のビスタサイズより幅が広い。1953年9月のアメリカ映画『聖衣』が最初で、日本では1950年代後半から急速に普及、大画面サイズを活かした大作(歴史スペクタクル映画が多い)が続々と登場した。

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このコラムは劇場版∀ガンダムwebに掲載されたものです。


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